「TRIP TRAP/トリップ・トラップ」金原ひとみはイクメンのバイブルになるか?

久しぶりに「金原ひとみ」を読んだ。2004年に20歳で芥川賞受賞、文藝春秋が100部売れたというあの社会現象から7年か…。どこかのブログに「蛇にピアス」の感想を書いた記憶があるのだが、どこだったか? 探さねば…。受賞後、立て続け(という印象だった)に出版された「アッシュベイビー」「AMEBIC」「オートフィクション」と読んだが、その後は、チェックもしていなかった。まあ、飽きたということなんだが…。 

TRIP TRAP    トリップ・トラップ (角川文庫)

TRIP TRAP トリップ・トラップ (角川文庫)

 

「TRIP TRAP/トリップ・トラップ」短編連作の単行本である。ひとりの女性マユの成長過程が15歳から25歳まで6編に綴られている。

「女の過程」
15歳の少女が母親とうまくいかず、家を出て男と暮らす話である。巻末を見ると、6編全て「野生時代」に発表されており、いずれかの時点で「旅」で括る単行本化の企画が持ち上がり、1作目用に書き足したのではないだろうか? というのは、この作品と最後の「夏旅」以外は、まあ正直なところ読み甲斐はない。発行年も、この作品が2009/7、「夏旅」が2009/9、それ以外はそれ以前に発表されている。
文体としては、随分普通になった(笑)感じがする。それに、15歳の家出娘の割には随分分別くさい(笑)。実体験がいくらか入っているのかもしれないが、27歳が振り返る15歳の旅立ちといったところか。

「沼津」
17歳のマユが友人と沼津まで、3泊か4泊の旅行、という範疇かどうかは疑問だが、ふと思い立ち出掛けてしまうと言う感じの旅で、無賃乗車、ナンパ、やくざなど、常に危険をはらみつつ、まあそれでも無事に帰ってくる話(笑)かな?
「憂鬱のパリ」
すでに作家生活をしている(ような)マユと恋人がパリへ仕事で行く話。恋人の男はマユのマネージメントしているような気配もあり、実生活そのままの話(笑)か? さすがにここらあたりはしょうもなくて読んでいられません。
「Hawaii de Aloha」
タイトルからして、雑誌に掲載された手抜き作品だね。夫とハワイへ旅行。
「フリウリ」
タイトルは何?と思ってググったら地名だった。すでに子供が産まれている。生後4ヶ月の子供と共に夫婦でベネチアへ旅行。多分実体験なんだろうが、子育ての大変さがよく伝わってきて、それについては読み応えがある。男性が読むべき1編だ。

ここらあたりの雑誌に書き捨てられたようなものにどうこう言っても始まらないが、金原ひとみの小説を日記的私小説と考えれば、書き手たる主体に何かしら欠けたものがあれば日記も文学になるが、満ち足りていれば単なる他人の日記ということになる。人の日記などあまり読みたいものではない。

「夏旅」
唯一「文学」として成立している1編。同じように「野生時代」に掲載されているが、意識的には単行本化のための書下ろしに近いのではないだろうか。
子供はすでに2歳(かな?)になっており、夫とは週の半分は別に暮らしている。相変わらず、育児と仕事に追われている。病院で水疱瘡の予防接種を済ませ、保育園に子供を預けると、発作的に江ノ島行きの電車に乗ってしまう。それは15歳の自分への旅であり、そして決別の旅でもある。

愛されることのみを求め、大人になることを拒んできたひとりの女性が、愛されることの結果として、結婚、そして出産、子育てという世界に踏み込み、今度は愛することを求められるという不条理さに戸惑い揺れ動く心が、これまでも数多く登場してきた「海」「ナンパ」「クスリ」といったアイテムを使って、鮮やかに描き出されている。東京に戻ったマユは、果たして大人になっていくことへの違和感を克服したのだろうか?

金原ひとみの魅力は(少なくとも私には)徹底的に子供であることであり、そのことに臆することなく、堂々と主張し続ける(多分)実体験に裏付けられたパワーであり、そこから導き出される文体であるとすれば、果たして今後どうなっていくのだろう?