安倍晋三『この国を守る決意』 安倍くんの頭の中には岸信介の亡霊が住んでいる

伊勢崎賢治さんの「日本人は人を殺しに行くのか」の中に、安倍晋三くんが

軍事同盟というのは血の同盟であって、日本人も血を流さなければアメリカと対等な関係にはなれない

などと言っているとのくだりがあり、まさかいくらなんでもそんな時代錯誤なことはないだろうと「この国を守る決意」を読んでみましたら、確かにありました(笑)。

この本、岡崎久彦さんとの共著となっており、二人の対談を編集者がまとめたものではないかと思います。 

この国を守る決意

この国を守る決意

 

岡崎久彦さんというのは、昨年お亡くなりになっているようですが、ウィキを読みますと相当なエリート外務官僚のようです。

この本が出版された2004年にはすでに外務省を退官されていますので、対談内容はおおむね岡崎さんがリードして、政治家である安倍くん(なぜ「くん」なんでしょう?笑)には言えないことを代弁しているようなところがあります。

日米安保条約の双務性 

10年前の本ですが、この本を読むと集団的自衛権の行使容認にかける安倍くんの熱意がよく分かります。かなり熱っぽく語っています。

くだんの「血の同盟」の一文も「日米安保条約を堂々たる双務性にしていく」ことが我々の新しい責任だと語るところで出てきます。我々というのは、祖父である岸信介が60年に多くの反対を押し切って安保条約を改定した、それは正しいことであった、その祖父の意志を我々(正しくは安倍くん)は継いでいかなければならないということのようです。

祖父に対する思いはかなり強そうです。60年安保の時、安倍晋三6歳、どの程度の記憶が本人に残っているのか分かりませんが、悔しさみたいなものが心の奥底に沈殿しているのかも知れません。文章を読んでいるだけでもそんな強い怨念(は言い過ぎだが、思い)のようなものを感じます。それが「血の同盟」のような言葉として現われてくるのではないでしょうか。

同じ意味合いで、民主党や朝日新聞への執拗な攻撃(口激)も理解できます。

日本は禁治産者なのか?

集団的自衛権についての考えは現在とほぼ同じなようです。要は、

岡崎:日本が憲法を施行した後に、国連憲章を批准し、日米安保条約を批准しました。そのすべてに「日本は集団的自衛権および個別的自衛権を有する」と書いてあるのです。憲法には条約遵守義務もちゃんと書いてあるから、憲法上集団的自衛権はあるのです。
ところが、国会の答弁で「わが国には集団的自衛権はあるけれども、行使することは出来ない」ことになっているのです。そんな解釈は裁判所が決めたわけでもないし、憲法に書いてあるわけでもありません。単に、役人が言っただけですから、総理大臣が「権利があるから行使できる」と国会で答弁すればいいのです。

と、岡崎氏が語っており、安倍くんも完全に同意し「日本は禁治産者なのか」と差別用語的不快用語を使って怒りをぶつけています。

国会の審議もなく閣議決定で憲法解釈を変えてしまう理屈も、これを読むと、こういう考えから来ているのかとよく分かります。

といった感じで「拉致問題」「靖国参拝」「中国」などについて語っているのですが、いちいち個別の発言を取り上げても今さら感が強いですので、私が感じるその裏側といいますかベースとなっているのではないかということを三つ書いておきます。

大国主義

この二人ともにその考え方のもとになっているのは「大国主義」です。明治以来、欧米に追いつき追い越せと富国強兵に励んできた「大国が小国を支配する」という価値観のもとにあり、日本は大国でなくてはいけないという考えをもっています。

岡崎氏は、「イラク戦争で(集団的自衛権を行使していれば)世界三大大国になっていましたよ」と言っています。は?三大大国? 何と「日米英の世界共同統治」などという言葉で本音を語っています。

国体思想

これも明治以来、国家統治の基本概念として利用されてきたものですが、ひとことで言えば「神の国日本」という考え方です。

「祖父にとって」のただしつきですが、

安倍:祖父にとって、わが国の形は、皇室を中心とした伝統を守りながら、農耕民族として互いに助け合っていく、というものでした。

安倍くんの「美しい国日本」「日本人同士が助け合い、守り合っていかなければならない」「国家が日本人を守るべきである」などという言葉も、当たり前でしょと考える人もいるかも知れませんが、大国主義や国体思想の文脈で読めば、その先に見えるものが空恐ろしくなってきます。

太平洋戦争はアジア解放戦争

多分、二人ともに太平洋戦争が侵略戦争であったとの認識はないでしょう。A級戦犯についても

安倍:八月十五日に、天皇皇后陛下をお迎えして武道館で行われる戦没者慰霊式には、かつてのA級戦犯を含めて戦犯とされた皆さんのご遺族もお招きしております。靖国神社を批判するならば、そちらも批判しなければなりませんが、批判する人たちは、そこまではしきらないわけです。

などと屁理屈をこねています。

岡崎:特に南アジア三国(インド、後はどこでしょう?)の人たちは、日露戦争以来、日本をアジアの希望の星と仰ぎ、そして大東亜戦争の直接の影響で独立を達成した国々です。 

多分、今、安倍くんの頭の中には祖父岸信介の亡霊が住んでいます。

安倍:政治家に問われることは、常に国家のために語っているかどうかということでしょう。(略)「国益を忘れて、自分の名誉のために行っているのではないか」(略)そういう自戒、自問は常に必要だと思うのです。

一見正しいことのようにみえます。がしかし、それが大国主義や国体思想、ましてや太平洋戦争をアジア解放戦争のごとく総括する価値観のもとでなされる時、どういう結果になるかは目にみえています。

「日本を取り戻す」とはこうした意味なのでしょう。

 『美しい国へ』も読んでみようと思います。

新しい国へ 美しい国へ 完全版 (文春新書 903)

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