柴崎友香著『きょうのできごと』感想・レビュー・書評・ネタバレ

きょうのできごと、十年後』を読み、面白かったのでデビュー作『きょうのできごと』も読んでみました。

デビュー作とは思えないほど軽やかで余裕があります。余裕ってのも変ですね、気負いがないという方があたっているかもしれません。

 

 

 

 

過ぎ去りし青春

『きょうのできごと』なのに、なぜか全編過ぎ去りし青春の切なさが感じられます。最初の一編『レッド、イエロー、オレンジ、ブルー』の発表が1999年となっていますので、書かれたのは作者25、6歳の頃と思われます。

 

その十数年後に書かれた『きょうのできごと、十年後』のほうが現実感といいますか現在感がありましたので、作者の環境の変化であるとか作家として社会的なポジションのようなものが反映されているのでしょう。

 

五編の連作になっていますが、うち三編がこの単行本のための書き下ろしになっています。2、3、4と並んでいる『ハニー・フラッシュ』『オオワニカワアカガメ』『十年後の動物園』です。

 

ひとつ目の『レッド、イエロー、オレンジ、ブルー』は『文藝別冊 J文学をより楽しむためのブックチャート』に掲載されたとあります。多分ムック本だと思いますが、Jリーグ、J-POP、「J」がはやった時代のあやかり本でしょうか。

 

どういう紹介がされたのかわかりませんが、連作で読んだ今から考えれば、この一編だけをよく取り上げたものだと思います。編集者の目利きでしょうか。

 

1、レッド、イエロー、オレンジ、ブルー

京都の大学院へ進学した正道の引越し祝いに集まった中沢、けいと、真紀の三人が大阪へ帰る車の中の話です。午前三時です。真紀は後部座席で眠っており、中澤とけいとの会話だけです。けいと視点の一編です。

タイトルは、多分、車の中から見るテールランプ、ヘッドライト、トンネル内のライト、街のネオンサインだと思います。

 

『きょうのできごと、十年後』では、けいとと真紀は大酒のみでしたが、もうこの頃からそのようです。けいとが眠りから覚めるシーンから始まり、とりとめのない会話があり、また眠り、再び覚めるやしりとりを始めた思えばまた眠るという、とりとめがないという以外にない一編です。

 

ほとんど関西弁の会話文ですのでそのリズムの心地よさで読ませる感じです。

 

2、ハニー・フラッシュ

引越し祝いの宴会たけなわ(笑)が真紀視点で描かれます。けいとはイケメンかわちくんに一生懸命ですし、真紀は酔っ払って、西山の髪の毛を無残に切ってしまいます。

 

中沢と真紀はつきあっているわけですが、中沢は誰かまうことなく真紀のことを可愛い、可愛いと言っています。いわゆる惚気みたいなものですが、爽やかすぎてそうは聞こえません。真紀はそのことはうれしいのでしょうが、どこかこそばゆいのでしょう、このふたりの微妙な距離感が感じられます。『きょうのできごと、十年後』ではふたりは別れていますので、それを知っていることから感じるのかもしれません。

 

真紀にしても、けいとにしても、すでにこの作家独特の女性像が出ています。男に従属していない女性です。

 

『ハニー・フラッシュ』って、なんでしょう?

 

3、オオワニカワアカガメ

1のその後の時間帯です。中沢視点の章で、中沢とけいとの高校時代が語られます。中沢の回想ということでしょう。

 

中沢とけいとは幼なじみです。けいとはイケメンと見るや仲良くなりたくなるらしく、中沢の友人豊島を誘ってもらい、3人で駅のベンチに座ってダラダラと時間を過ごす話です。

 

タイトルの『オオワニカワアカガメ』はけいとが語る夢の中に出てくる「上から見たらワニですが、裏返したらカメ」のことです。

 

ここには柴崎さんらしいとんでもないことがさらりと書かれています。真夏の熱い最中、3人でグダグタと過ごしていたんですが、いきなり豊野が次の電車に乗ろうといい、ドアの前に立っていますと、降りてきた小学生が豊野を押しのけたらしく、いきなり豊野はその小学生の背中に飛び蹴りを食らわすのです。豊野はさっと電車に乗りドアが閉まり、そして言います。「世の中の決まりは教えとかんとな」

 

この作家はこういう、え?と思うようなことをさり気なく入れてきます。

 

この昔話は、中沢の回想のように始まり、最後は真紀が「それで?」と聞き返すことで現実に戻しています。その後ふたりは眠っているけいとを車に残して、中沢とけいととその豊野が通っていた高校に向かい、まわりをぐるりと一周します。ただそれだけです。夜中、もう明け方ですね。

 

4、十年後の動物園

このパートが一番面白いです。人間関係の難しさと言いますか、長くつきあった男女が陥るパターンのひとつが描かれます。

 

正道の引越し祝いにいく前のかわちとちよの話です。ふたりはつきあっており、約束をしていたらしく動物園に来ています。初っ端からもうふたりの関係は危険水域に入っています。

 

ちよから見るかわちくんは優柔不断と言いますか、やさしいと言いますか、人からの頼みごとを断れないタイプらしく、待ち合わせからして遅刻してしまい、その理由は英会話の勧誘を断れなかったからですが、あれこれ嘘を並べて言い訳をしたものの、すでにちよはお見通しで、なんで嘘いうねん?とさらに状況は悪くなるというパターンです。

 

ちよはあれこれかわちくんに言うもののなんとか関係を続けたいと思っているのでしょう、なんとか気を取り直してふたりで楽しもうとします。このちよとかわちくんの関係のアップダウンが幾度か繰り返されます。

 

で、極めつけが、ちよにとって見れば一日ふたりで楽しめると思っていたにもかかわらず、かわちくんは突然今から正道の引越し祝いに行かなくちゃいけないと言い出します。

 

もう無理でしょう(笑)。

 

笑ってごめん。かわちくんが『きょうのできごと、十年後』で引きづっていた別れた彼女というのはこのことなんでしょうか。確か5年前に別れたと言っていましたので、それですとこの後5年続いたことになります。この状態で5年は無理ですので違う相手のことかもしれません。

 

5、途中で

中沢たちが去ったあとのかわち、坂本、西山、そして正道の話です。正道視点です。西山は真紀に髪の毛を切ってもらったもののひどい状態になっている人物です。

 

西山が、ひどい髪の状態もあるのでしょう、同じく真紀に切ってもらったにもかかわらずきれいにカットされているかわちに絡んだり、さらに荒れてふすまを三角に切り抜いたり(笑)、台所のコップを瞬間接着剤で固定したりします。

 

正道もやさしいですね(笑)。それでも怒ったりはしません。さらに、西山になにか食いたい、奢るから買ってきてくれと言われて自転車でコンビニに向かいます。

 

この後もこの作家らしい展開です。鴨川沿いで高校時代の知り合いに声を掛けられ、今引越し祝いやっているから来えへん?と誘うものの、その相手は今から彼女のところへ行くんやと言います。午前三時です。それに、正道はその相手の名前を思い出せていません。

 

さらに、コンビニでビールを買った後自転車でかなり激しく転びます。血を流しながら鴨川河畔におりてぼんやりしていますと電話がなります。今日の引越し祝いに誘ったけれども来なかった女性です。

 

この電話のやり取りが無茶苦茶面白いです。おそらく全部を引用しないとこの面白さは伝わらないでしょう。読んでみてください。

 

で、ラストは、さっき会ったばかりの高校時代の知り合い山田が彼女を連れて車でやってきます。「こんばんわ」「おはよう」のやり取りがあり、皆で車に乗り蟹を食べに行きます。日本海へでしょう。

 

映画は見ないほうがよさそうだ

この小説は、行定勲監督によって「きょうのできごと a day on the planet」のタイトルで映画化されています。

 

 

予告編を見てみました。

 

 

んー、見ないほうがよさそうです(涙)。例によって、原作を読んでいる映画は見るとがっかりするパターンですね。