吉田修一著『ミス・サンシャイン』感想・レビュー・書評・ネタバレ

吉田修一さんの本は久しぶりだなあと思って読んだのですが、なんと一年前に『湖の女たち』を読んでいました。記憶に残るものが少なくなってきているんでしょうか、怖いですね(笑)。

 

 

 

 

優しい登場人物たち

吉田修一さんの小説に出てくる人物は皆優しいです。この『ミス・サンシャイン』の大学院生岡田一心も、往年の大女優和楽京子こと石田鈴もとても優しい人です。お互いを「いっくん」「鈴さん」と呼ぶようになるのも優しさの現れでしょう。

 

基本の筋は、鈴さんの女優時代の歴史である溜め込まれてきた映画関係の資料整理をいっくんが頼まれるというもので、なにせ鈴さんは、戦後すぐに映画デビューし、1950年代にカンヌ映画祭で女優賞を受賞、その後3年ほどハリウッドと契約して「ミス・サンシャイン」の愛称で活躍し、アカデミー賞主演女優賞にノミネートまでされたことがあるという大女優ですので、日本映画の黄金期とも言える50年代から60年代の映画界の話がベースになっています。

 

ただ後半になりますと、一気にトーンが変わり、実はその「ミス・サンシャイン」の愛称でさえ、その裏には「ひなた」や「晴れやかさ」といった意味とは正反対の意味あいが隠されていることがわかってきます。鈴さん、いっくんともに長崎出身ということがキーになっています。

 

文春オンラインに吉田修一さんのインタビュー記事がありました。

 

 

映画愛

和楽京子のモデルとしてこの人という人物はいないようです。実際、上に書いたような経歴の俳優はいませんので、その中にはたくさんの俳優さんの印象が書き込まれているのだと思います。一番近く感じられるのは京マチ子さんでしょうか。

 

和楽京子が創作ですので当然出演映画も創作になります。吉田修一さんの映画好き(多分)が強く現れていると思うのは、和楽京子の出演作がかなり具体的にシーン描写までされていることです。

 

デビュー作の「梅とおんな」、成田三善監督という監督名まで登場します。成田三善監督は巨匠ということになっており、同じく成田監督の「洲崎の闘牛」にいたっては3ページに渡って映画のシーン描写がされています。映画のストーリー全体も大筋では作られているのでしょう。

 

この「須崎の闘牛」では、後にキーとなる「返せ!返せ!」という台詞が出てきます。和楽京子が赤線で稼いで貯めた金で運送業を始めようしていたところ、その金を男に盗まれ、男に殴られようが蹴られようががみついて追いすがりながら叫ぶ台詞です。映画としては、追いかける和楽京子の迫力が赤線の女たちに伝搬して、洲崎の大通りを半裸の女たちがまるで牛追いのように走り抜けるというクライマックスとなる描写がされています。

 

和楽京子がカンヌで女優賞をとったのは古典『竹取物語』を千家監督が大胆に翻案して撮った映画となっており、映画もグランプリを受賞しています。ヴェネチアで金獅子賞の黒澤監督の「羅生門」を思わせますが、当時のカンヌってなんだ? という時代の表現に、マーロン・ブランドやベティ・デイヴィスの名前や「欲望という名の電車」「波止場」「イヴの総て」といった映画のタイトルが引き合いに出され日本中が大騒ぎであったとなっています。

 

この「竹取物語」はいっくんと後に付き合うことになる女性桃ちゃんがリバイバル上映を見るシーンとして、これも3ページに渡って映画のシーン描写があります。

 

ハリウッド時代には数本の映画に出演しており、そのうちの1本「さくら、さくら」でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされています。ここでもその引き合いに同時にノミネートされていたのはイングリッド・バーグマンやキャサリン・ヘップバーンという名前が使われています。

 

惜しくも受賞は逃していますが、いっくんが整理している資料の中からその時のスピーチ用の原稿が見つかり、これが後半の主要なテーマとなっていきます。

 

恋心と愛

その後も、帰国後の和楽京子の出演作品の記述があちこちに散りばめられていますが、次第に時代の流れとともに活躍の舞台は映画からテレビや舞台へと移り、役柄も不倫する主婦や母親へと変わっていき、やがて静かに引退するという経歴になっています。

 

という和楽京子の女優歴が語られていくわけですが、それと並行していっくんの恋愛話が描かれます。これが結構きつい話でいっくんも相当こたえています。

 

いっくんがカフェで「梅とおんな」を見ていますと「古い映画ですよね」と店の女性が声を掛けてきます。後に桃ちゃんと呼ぶようになるその女性は和楽京子が好きだと言います。そしてその後、いっくんは「竹取物語」のリバイバル上映に桃ちゃんを誘うわけですが、その時桃ちゃんは「付き合っている人がいて…」と言いながら誘いを受けます。そして、映画を見た後にも映画について語り合うなど楽しい時間を過ごしたいっくんは桃ちゃんのことが無茶苦茶気になりだし、別れたあと、桃ちゃんのアパートへと向かいますが、桃ちゃんと彼が仲良く買い物をしている姿を目撃します。

 

それで済んだかと思いきや、桃ちゃんがドライブに行かないかと誘ってきます。そして、桃ちゃんは彼が浮気をしていると告白します。そして後日、引っ越しを手伝って欲しいと言われ、ふたりは付き合うようになります。

 

ある日のこと、いっくんが今日寄るねとメールをし買い物をしてアパートに行きますが、なかなか帰ってこないうえに返信もありません。胸騒ぎのいっくんは知らずしらずのうちに桃ちゃんの元カレのアパートへと足が向いてしまいます。そして、そこに桃ちゃんの姿を見るのです。

 

で、一旦別れることになるのですが、まだ続きがあります。後日、桃ちゃんから会って謝りたいと連絡があり、しばらく無視していたのですが、「許せるわけがないのに、許さない勇気がない」いっくんは会うことにします。桃ちゃんは「彼のこと好きじゃない。でもときどき会いたくなるの。どうしようもなく会いたくなって。いっくんのこと、こんなに好きなのに、悪いなって…」と言います。

 

はあ? とは思いますが、この時いっくんは「時間がかかるんだよ…」と鈴さんに言われたそのままを桃ちゃんを前にして語ります。もちろんもっと長い言葉でです。

 

ということですので、結局、この恋愛はだめなんですが、さらにこの結末が無茶苦茶ひどいんです。いっくんをいい子にして桃ちゃんをひどい子にしています(笑)。笑いごっちゃなく、男性作家というのは、恋愛ものでは多くの場合知らず知らずであるかもしれませんが女性を悪者にします。

 

ふたりで料理をしながら過ごしているときに、突然桃ちゃんがそわそわしだし携帯を気にし始めます。そして「コンビニでアイス買ってくるね、いっくん何がいい?」と言い出掛けてしまいます。電話をしに行っただけとは思ったもののいつまでも帰ってきません。いっくんは再び元カレのアパートへと向かいます。そしてドアの前で「お願い! ケンくん、開けて!お願いだから。もう一回だけ…、私、がんばるから。私、変わるから…」とドアにすがりつく桃ちゃんの姿を見るのです。

 

どういうこと? いくらなんでもつくり過ぎだと思います(笑)。

 

まあ、それもこれもいっくんが鈴さんに引き寄せられていくひとつの伏線的な扱いのふたりの恋愛ということなんだろうと思います。いっくんは次第に鈴さんに愛を感じていくようになります。もちろんそれが愛なのか恋なのか、あるいはそうした気持ちがごちゃまぜになったよくわからないもののかは本人にもわかってはいないのですが。

 

和楽京子の最後の出演作「ソレイユ」のシーンからの台詞が引用されています。もちろんこの映画も吉田修一脚本監督の創作映画です。

 

「恋心というのは嫌われたくないと思う気持ちであると。そして愛するというのは嫌われてもいいと思う気持ちじゃないだろうか。」

 

長崎原爆

後半はすべてのことが長崎の原爆の話に向かって収斂していきます。

 

小説のちょうど中ごろですが、いっくんが「鈴さんって、ずっとみんなの憧れの的だったんでしょうね、きっと子どもの頃から」と振りますと、鈴さんは「親友にね、佳乃子ちゃんって子がいたの。本当は、その子がみんなの憧れの的。(略)あたしね、今でもときどき思うのよ。あたしは彼女の人生を歩いてきたんじゃないかって。」と答えます。

 

そこではそれだけですが、その後、ところどころに佳乃子ちゃんの名前が出るようになり、「返せ!返せ!」も、「ミス・サンシャイン」も、受賞スピーチの原稿の内容も長崎の原爆に関連しているものとして明らかにされていきます。

 

もちろんそれが明らかになっていくことがこの小説の面白さではありませんが、こういうことでした。

 

1945年8月9日11時02分、長崎に原爆が投下されます。鈴さんと佳乃子ちゃんは被曝します。17,8歳の設定だと思います。

 

その翌年、アメリカ軍の軍属のカメラマンが長崎の撮影に来ていたのだと思いますが、佳乃子ちゃんの美しさに目を引かれ写真を撮らせて欲しいと言います。佳乃子ちゃんは恥ずかしがっていたのですが、鈴さんが一緒に行ってやるからと言いふたりで写真に収まったということです。

 

その後、そのカメラマンから佳乃子ちゃんを映画会社に紹介したいと連絡があるのですが、佳乃子ちゃんはすでに結婚が決まっていたこともあり、また経緯ははっきりしないと書きつつ(ややごまかし)結局鈴さんが東京へ向かったということです。

 

このあたりはかなり曖昧に書かれているのですが、東京に向かった鈴さんはすぐに体調を崩して映画会社との契約もままならなくなったらしく、かといって勘当のように出てきたらしく長崎に戻ることもできず、そのときに佳乃子ちゃんが看病のために東京に来てくれて3ヶ月一緒に暮らしたということです。

 

このときにも映画会社は佳乃子ちゃんにカメラテストを受けさせたりしたらしく、佳乃子ちゃんもまんざらでもなかったということでしょう。その後、佳乃子ちゃんは長崎に戻り娘を出産しますが、ほどなく原爆症を発症し入院生活になります。鈴さんの不調も原爆による何らかの影響ということだと思います。

 

そして、鈴さんは和楽京子として映画デビューし活躍し始めることになりますが、ある時長崎に帰省し、佳乃子ちゃんを病院に見舞い、ふたりで抜け出して長崎港に向かい、埠頭でなにか大声で叫びたいと言い、ふたりで「返せーーーーーーー!」「返せーーーーーーー!」と声が出なくなるまで海に向かって叫んだと言います。

 

佳乃子ちゃんは白血病を発症します。鈴さんのハリウッド時代です。鈴さんは佳乃子ちゃんへの手紙で、テレビのショーに出演したときに司会者が自分を「ミス・サンシャイン」と紹介して呼び込みながら、伝染病患者でも扱うように一歩退いたと書き、実は「ミス・サンシャイン」の愛称には被曝者であることを揶揄している意味があるのだと語っています。ただその後に続けて鈴さんは「だから私決めたのよ。この「ミス・サンシャイン」って言葉から逃げないって。これが私なんだって。私は胸を張って生きる。」とも言います。

 

ハリウッド時代、鈴さんは契約違反を犯してまで日本に帰国しています。佳乃子ちゃんが危篤に陥ったからです。そして佳乃子ちゃんは鈴さんに「うちのことかわいそうな女って思わんでね。うちの人生は幸せやったって思うてね」と言いながら息を引き取ります。

 

この「かわいそうに思わんでね」という言葉は、実はいっくんは子どもの頃に妹を亡くしており、その妹も同じことを言っていたということと連動されています。その意味合いはわかりますが、ただこの妹の話はちょっと邪魔になっています。あざとい感じがします。

 

そして受賞スピーチの原稿の話ですが、その後、資料整理も終わり、またいっくんが鈴さんに愛の告白をしたこともあってしばらく疎遠になります。しかし思い切って出した手紙の返信にその原稿が同封されています。

 

なお、その後いっくんは和楽京子こと鈴さんの死をテレビのニュースで知ることになります。

 

受賞スピーチの原稿には感謝の言葉の後に、

今日、私は、この賞をある女性に捧げたいと思い、ここに立っています。
彼女の名前は林佳乃子と言います。私のたった一人の親友です。
私と彼女は、あの夏の日、長崎で被曝しました。
残酷な経験でした。
そして彼女は亡くなり、私は生きた。
彼女と私を何かが分けた。
私たちを分けたその何かが、私は憎くてなりません。だから私はその何かに言ってやりたい。
あなたがいくら私たちを引き裂こうと、私たちは決して離れないと。
彼女は私なのです。
そして私は彼女なのです。

と書かれています。

 

もちろんその後には「私も、皆さんも、あの戦争で大切な人たちを大勢失いました」とは続いています。

 

この手紙が読まれなかったそのことが今の日本そのものということです。

 

怒り

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  • 渡辺謙
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